ブルゴーニュばりに深い世界に感動!

Il Macchione イル・マッキオーネ

 
  
  私達は幼いころから両親の考えで、トレンティーノの人智学者のホメオパシーによる治療のみ受けてきました。現在でも二人はこのシュタイナーの哲学を信じ、ブドウ栽培に置いてもその考えを適用し、彼が家族を癒すため、そして静かに時をすごすためのビオディナミ栽培の農場でとれた美しい植物達の力を借りて行なっています。私、シモーネと弟レオナルドはこれらのストーリーの産物です。
イル・マッキオーネ イル・マッキオーネ1 イル・マッキオーネ2
Vino Nobile di Montepulciano - Sileo 2010
ヴィーノ・ノービレ・ディ・モンテプルチアーノ・シレオ [2010]
品種:プルニョーロ・ジェンティーレ100%
植樹:1930年代
位置:北向き
土壌:貝などの化石が見つかる、石灰質土壌。粘土と砂が入り混じる
セメントタンクで30日間~60日間マセレーション
木樽で60ヵ月間熟成
最上の年にしか作らない。果実が熟すだけでなく、エレガントで、熟成にも長く耐えてくれると感じた年にだけ造る。兄のSimoneと弟のLeonardoの名前から、SiLeoと名付けた。
また、ラテン語では”静けさ”を表す。
近年では2009、2010、2013年に造った。
Vino Nobile di Montepulciano Reserva 2014
ヴィーノ・ノービレ・ディ・モンテプルチアーノ・レゼルヴァ 2014
品種:プルニョーロ・ジェンティーレ100%
植樹:1963年、1999年
位置:西、東向き
土壌:貝などの化石が見つかる、石灰質土壌。粘土と砂が入り混じる
セメントタンクで25~40日間マセレーション225lの木樽で40ヵ月間熟成
Vino Nobile di Montepulciano 2015
ヴィーノ・ノービレ・ディ・モンテプルチアーノ 2015
品種:プルニョーロ・ジェンティーレ100%
植樹:1963年、1999年
位置:西、東向き
土壌:貝などの化石が見つかる、石灰質土壌。粘土と砂が入り混じる
セメントタンクで25~30日間マセレーション
木樽で30ヵ月間熟成
 
 

イル・マッキオーネとは

 
 

母方の祖父は1913年に生まれましたが、翌年に彼の母は病死し、彼の父親はすぐに再婚をしました。第二次大戦中、祖父は捕虜として当時のイギリス領のマルタ島に収監されていました。戦争が終わり、ラヴィースに戻ると彼はワイナリーを開き地元のブドウのみを使用してワイン造りを始めます。ところが戻ってはみたものの多くの子供たちを養わなければならず、そしてそれだけの経済的な余裕はありませんでした。そこで農業とワイナリーの仕事に加え工場の労働者として働き始めます。当時の給料は最低限のものでしたが安定はしていました。そして工場で働く傍ら、父親から引き継いだ家族代々の、ブドウ栽培が運命づけられた小さな土地を生涯耕し続けました。そしてついには畑に囲まれた小さな地下セラー付の美しい家を建て、亡くなるまで情熱をもって赤、白のワイン醸造をし続けていました。
現在、彼のその小さな地下セラー付の家は私たちの6人いる叔父の1人が受け継いでいます。畑は彼の遺言通り、彼の死と同時に売り払われました。そして私たちはその時の相続の一部と身体に流れる伝統ある農家の血とともに、耕作者、醸造家としての原点へ返るべく、この想いを表現する場所を探し始めました。多くのイタリアの田舎を旅した結果モンテプルチアーノの地に私たちのプロジェクトにふさわしいポデーレ・イル・マッキオーネを見つけることが出来ました。
 
父方の祖父はアルト・アディジェに住む大工の家系に1921年に生まれました。第二次大戦中はフランス統治、後にイギリス統治下に置かれたアフリカで過ごしました。大戦終了後はラヴィースの大理石の製材工場をある企業家に任されます。彼は素晴らしい教養人でありましたが、残念なことに私達の父親が25歳のころに亡くなりました。私たちの父にとって辛い時期ではありましたが、母親の経済的な助けもあり、物理学を修めることができました。1970年代80年代、物理学の学士号を取得するということは多くの選択肢があることを意味します。父は卒業後すぐに数学の教師として働き、それと同時にエンジニアとして技術指導や助言を与える仕事も始めました。まもなく、彼のエンジニアとしての仕事が忙しくなり教師を辞め、建築、インフラ整備、バイオマス、公園の整備などより興味のあるプロジェクトへと、力を入れます。一方で私たちの母は事務員として働く傍ら夜間学校へ通い、教師になりました。私たちの両親は今日ソプラモンテと呼ばれるトレンティーノの小さな村に住んでいます。トレントの街近くの山の上にあり、私たちが生まれ育ったラヴィースにも近いです。父はもうじきプロジェクトから引退し、母親はもう数年前から仕事を辞め療養しています。
 
私達は幼いころから両親の考えで、トレンティーノの人智学者のホメオパシーによる治療のみ受けてきました。現在でも二人はこのシュタイナーの哲学を信じ、ブドウ栽培に置いてもその考えを適用し、彼が家族を癒すため、そして静かに時をすごすためのビオディナミ栽培の農場でとれた美しい植物達の力を借りて行なっています。
私、シモーネと弟レオナルドはこれらのストーリーの産物です。
 

10月も残すところ少なくなり、2014年のイタリアでのブドウの収穫は、ピエモンテの一部を残しほぼ終了しました。8月末までにイタリア各地から聞こえてくるブドウ畑の状況は、降り続く雨と病害によって多くの果実がやられているというものでした。雨による湿度もそうですが、日照時間が絶対的に不足して果実が熟しきらないのではないか、という不安もありました。しかし本当に幸運なことに9月に入る直前から日差しのある日が増え始め、最悪の事態は免れた、というところでしょうか。訪問した多くの生産者が「こんなに綺麗なブドウを収穫できるとは、8月の時点では思ってもみなかった」と、胸をなでおろしていました。
 
《 南部トスカーナ 》
 
 トスカーナ南部のモンタルチーノやモンテプルチアーノでは、サンジョヴェーゼの収穫を例年より2週間以上遅い9月の最終週に始めました。収穫時の天候は8月までに比べるとよかったようで、天気の様子を見ながら晴れの日にどのワイナリーも一斉に収穫を行いました。モンタルチーノではブドウの状態からして、どれほど大変な年だったかが容易に想像出来ました。日照不足に加え、雹が一部では降り、収量が大きくダウン。
 
 モンテプルチアーノはモンタルチーノから内陸に向けて30kmほどで、それほど離れてはいませんがブドウの様子はとても綺麗でした。訪問したボスカレッリとポデーレ・イル・マッキオーネにそのように伝えると、「この綺麗なブドウを得るためにどれほど大変だったか」と言われてしまいました。機械を入れないイル・マッキオーネの樹齢75歳の古い畑は、一際美しさが目立ちました。収穫の数日前には1度すべてのブドウをチェックして、カビや病気の害のひどいものは全て先に落としてしまい、残ったいくらかの房が綺麗な実をつけているのでした。
 
 以上、トスカーナの収穫の様子をお伝えしました。どこのブドウも水を吸って少し大き目で、強めに握ると簡単に実が割れてしまう状態のところもありました。本当に難しい年だったと誰しも言いますが、いい年ばかり続くわけがないとも言っています。
 
 今年のような年には畑が平坦か斜面か、斜面はどの方角で風が吹き抜けているかなどにより、ブドウの状態が歴然と違っており、畑の環境の重要性がよく分かりました。畑の手入れの仕方についても、野性的な環境の整っている畑の方が綺麗な果実をつけているように見えました。が、これは、先入観でしょうか。美味しいワインづくりには最高の天候条件が望ましいのですが、やはり悪い年には学ぶことが多くあります。出来上がったワインをテイスティングしてみないと分かりませんが、こういう年にこそ各ワイナリーがどこに重きを置き、どれだけ徹底してその作業を行っているか、という差が見て取れます。そしてワイナリーの大きさ、設備、地域、天候などの個別の条件・状況の中で、それぞれがそのワイナリーで出来る最上の方法で仕事をすることが、大事なのだと当然ながら思いました。

 
Wine Shop WINEHOLIC

Wine Sop WINEHOLIC