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ビオロジックでの栽培はラッターリ山脈州立公園内の美しい自然環境への敬意と、これらの既に数世紀を生きているブドウ樹を少しでも長く生き長らえさせたいと思いから生まれた。ティントーレ、ピエディ・ロッソ、ビアンカ・テネラ、ジネストラ、ペペッラ。これらのブドウ品種はトラモンティ周辺でのみ見つかる土着品種である。アマルフィ海岸を見下ろす山間部に吹く風は昼と夜の温度変化を生みブドウに独特の特徴を与える。それらのブドウを使って先祖が造っていたのと同じような自然で伝統的な方法でワインを造る。
今年の6月、南イタリアの3生産者を訪問しました。いずれの生産者も、この4月に取引開始が決まったもので、ワインは現地から出荷済み。なかには既に日本に到着しているものもあります。
訪問先のワイナリーは以下の3社です。
バジリカータ州:ムスト・カルメリターノ(Musto Carmelitano)
カンパニア州:グアスタフェッロ(Guastaferro) モンテ・ディ・グラッツィア(Monte di Grazia)
バジリカータとカンパニアの両州については、南ゆえに暑いのだろうくらいの知識でした。確かにトリノから夜行列車でカンパニア州サレルノに到着した時は少しだけ暑く感じました。けれども、ワイナリーのある内陸部の方へ車を走らせると、すぐに斜面を登り始め、風も強いため、決して暑いところではありません。ヴィニタリーの期間中にグアスタフェッロとムスト・カルメリターノのワインを飲んだ時にも、南のワインなのに暑苦しさやベタつき感がなく、冷涼地のワインのような爽やかな酸があったことを覚えています。収穫も10月に入ってからで、トスカーナや南仏に比べても収穫を始めるのがずいぶんと遅い。またヴェズヴィオ山以外にも多くの火山のあるカンパニア州には、フィロキセラ禍を免れた古い畑が少なからず残っていて、両ワイナリーでも樹齢が100歳を優に超えるブドウ樹が多く見つかります。
《モンテ・ディ・グラッツィア》 カンパニア州サレルノ県トラモンティ
オーナーのアルフォンソ・アルピーノとは試飲会で何度か会い、彼のワインを飲んで感銘をうけ、畑の写真も見せてもらっていました。それだけに、見に行きたいと強く思っていました。トラモンティ村は海辺から10㎞もありませんが、海抜350メートルに位置しているのに、かなり涼しく感じます。
アルフォンソが最初に案内してくれたのは、レモン畑でした。スフザート・ダマルフィ(sfusato d’amalfi)と呼ばれるレモンはアマルフィの特産で、酸味が強くなくほんのりと甘みがあります。他のかんきつ類と同じくそのままでも食べられますが、アルフォンソは皮ごと食べていました。僕はレモンの生の皮は中々食べなれませんでしたが、刺激が少なくとても爽やかでした。レモンの皮をコーヒーに入れて飲んだりもしていましたし、皮をアルコールに漬け込んで作るリモンチェッロも有名です。アルピーノ家では、アルフォンソがワインを造り、奥さんのアンナがリモンチェッロを造っていますが、アルフォンソによれば「アンナじゃないとこんなにおいしいのは作れない」とか。アンナの両親もまた生前にレモン造りをしていて、今所有しているレモン畑は彼らから引き継いだものです。二人の住んでいた畑の真ん中にある家は、現在は物置や作業中の休憩場所になっていて、森に囲まれたとても静かなところです。綺麗な湧水の流れる小川があり、レモンをくり抜いた器で喉を潤しました。
この地域をよく分かるようにと、案内された高台から見ると、海の間近まで山と森が迫り、海岸付近は一面のレモン畑で、山に入るとブドウ畑が見られます。レモンは船での輸送に便利なように、海辺で栽培されてきました。山がちな地形に段々畑を作り、木は低めに、横に広げるように仕立ててあります。一つの枝にたくさんの実があるので折れてしまわないように、栗の木でしっかり組んだ棚に伸びた枝を任せるのが伝統です。山に住む人にとっては、海辺の人が持ってくるレモンはとても貴重なもので、お礼に山の水とワインを返したそうです。ワインは飲み水に入れて、水分を長く保存するためにも使われてきました。また、レモンとともに貴重だったのが、スパゲッティ・アッレ・ヴォンゴレに使う、パセリ。なんでも、レモンの木の下で育ったパセリが一番なのだとか。このパセリと上質なオリーブオイルが、おいしいヴォンゴレを作る秘訣だそうです。
ブドウとレモンのどちらが先に栽培されたのかは分かりませんが、ブドウの株もレモンと同じように、栗の木で組まれた棚に仕立てます(アルベラータ仕立て)。樹齢100歳以上の株が何本もあり、全て優良な株のクローンで自根なのです。枝や株の括り付けには、サリーチェ(ヤナギ科)というしなやかな木の枝を使うのが通例。垣根を組むための栗の木も地域で植林しており、毎年森の一部を切っては、また10数年後の為に準備をします。よって、海辺から内陸に向かってレモン畑、ブドウ畑、栗林という光景が広がっています。地域に住む多くの人々(年齢層は高いですが)は、いずれかの職業に従事しており、古い伝統のままに今も生きています。
アルフォンソが醸造を始めたのは、10年前。最初の数年は酵母添加をしていましたが、2010年から赤ワインを、2012年から白ワインを自然酵母で醸造するようになりました。彼がワイナリーを始める前の2000年に作った赤ワインには、酸化防止剤も選別酵母も入っていませんでした。「僕の原点はここだ」と彼は言っていましたが、色素が強く瓶に成分が大量にこびりつくティントーレ種や、ボトル内で沈殿物が析出するのを恐れワイナリーを設立してからは、ビン詰前にフィルターを通しています。しかし多くの試飲会に出るうち、沢山の人が自然酵母やフィルターを通していないワインに価値を見出しているのをみて、少しずつ考えが変わってきているようです。
トラモンティで栽培されている品種は、赤ワインはティントーレ、ピエディ・ロッソ、白はビアンカ・テネラ、ペペッラ、ジネストラです。どれも聞きなれない品種ですが、この地域の土着の品種で、どれも上記のアルベラータ仕立てで大きく広く育てられます。
《赤ワイン用品種》
*ティントーレ:色素の非常に濃いこの品種はしばしば、色使い(Tintore:色を与える人)と呼ばれる。
*ピエディ・ロッソ(赤い脚):茎が鳩の足のような暗い赤色になることからこのように呼ばれる。
《白ワイン用品種》
*ペペッラ:大きな粒が少しと、胡椒(pepe)のように小さな粒のような実を成らせる。
*ジネストラ:薄緑に反射させるブドウ果が、同名の薄緑色の植物(エニシダ)に似ている。
*ビアンカ・テネラ:果実がとても繊細で、柔らかい(tenera)ことから。
どの品種も、特にティントーレは樹勢が強いことから高く大きく、多くの房を成らせるように仕立てられています。畑はどれも山の斜面にあり、株同士の間隔は2.5mで一か所に苗を3つ植えています。一番低い畑は270m、高い畑は550mにあります。そのため、下の畑でブドウの花の開化が始まっているのに、上の畑では実がなったばかりというように、ミクロクリマの変化が畑ごとに大きく、それらを混醸することで複雑な味わいのワインが生まれます。
セラーはいたってシンプルで、アグリトゥーリズモの1階部分にあり、2つの中くらいのステンレスタンクと小さなステンレスタンク、今年2014年にようやく赤ワインの熟成用として大樽2000Lを買いました。生産量も年間8000本に満たず、医者(アルフォンソ)と看護婦(アンナ)の職業を現在も続けながらワイン造りをしています。
シチリアを除くと、初めての南イタリア訪問でしたが、いいものが沢山残っているのだからもっと注目をされてほしいと思いました。フランス映画をイタリア語版に焼き直した、“Benvenuto al Sud”(南イタリアへようこそ!)という映画があります。ミラノ近郊に住むイタリア人がナポリへ赴任することになり、ミラノの友人にさんざんあいつらは野蛮だのなんだの脅かされながら、最後にはナポリの友人と深い友情を築くコメディーです。映画の中での描かれ方はもちろん極端ですが、少しいい加減でその10倍楽しい人たちから出来るワインを、是非楽しんでほしいものです。みな(畑の作業はもちろん大変ですが)のんびりと暮らしています。しかし特に若い人たちが、より真剣に危機感を持って自分の住む地域と地域のワインのことについて考えている熱意が伝わりました。
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